〈100歳まで生きる〉樹木希林さん「生きるも死ぬも、面白がらなきゃやってられない」

5月18日(土)


・今日の誕生花…ペチュニア


・花言葉…あなたと一緒なら心がやわらぐ。心のやすらぎ。


★《今日の追求・研究》は、樹木希林さんです。大好きな人です。生き方を真似したいです。

下記↓を是非とも読んでほしい。

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〈100歳まで生きる〉そのために、 毎日下記の事をする‼️。


(昨日5月17日)○…6個 ❌…1個


【1】散歩を10000歩は…○

【2】半身浴を30分する…○

【3】一口30回噛む…○

【4】野菜スープを1日2回飲む…○

【5】夜、寝る前にする事…床、畳、テーブル、冷蔵庫の上、食器棚の上、出窓、椅子の上には絶対!絶対、物を置かない…○

【6】30分座ったら立ち上がって体を動かす …○

【7】もずく、豆腐、トマトを食べる( 岩下志麻さんの毎日食べているため、白髪がないそうです)…:❌

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◇今日の猫川柳


・見回りは お安いご用さ 警備猫


(猫がつぶやく猫川柳より転載)

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《今日の生き方の追求・研究》


◎クリスタル・フラワー …より転載        


https://gamp.ameblo.jp/minminmin-vync/entry-12405631095.html


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◎樹木希林さん「生きるも死ぬも、面白がらなきゃやってられない」



5年前に全身のがんであることを公表しながらも多くの映画、ドラマで活躍していた俳優の樹木希林(きき・きりん/本名は内田啓子)さんが9月15日、都内の自宅で亡くなっていたことわかった。享年75歳。夫はロックミュージシャンの内田裕也さん(78)で、長女は内田也哉子(42)さん、その夫は俳優の本木雅弘(52)さん。


 樹木さんは8月13日に左大腿(だいたい)骨を骨折し入院したが、最期は家族に看取られながら自宅で息を引き取ったという。


 樹木さんは昨年、自身の死生観についてAERA編集部に語っていた。その貴重なロングインタビューを再録する。


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アエラの取材依頼に当初は丁重な断りの電話があった。だが「こういう取材は今回きり」の条件で、樹木さんは「なんでも聞いていい」と重い扉を開いてくれた。


「老い」とか「死」とか、そういうテーマの取材依頼がたくさんきて、困っちゃうのよ。何も話すことなんてないんだから。「死をどう思いますか」なんて聞かれたって、死んだことないからわからないのよ。ひとつ(取材を)受けるとキリがなくなるでしょ。だから全部お断りしているんです。映画の宣伝のときは仕方ないけど。


 私がこういう取材を受けるメリットはどこにあるの? あなた方のメリットはわかるの。えっ、私の話で救われる人がいるって? それは依存症というものよ、あなた。自分で考えてよ。


 死はいつか来るものではなく、いつでも来るものなの、私の場合。全身がんですから。だから仕事も先の約束はしない。せいぜい1年以内。仕事の交渉は留守電とファクスで全部自分でしている。この間も「2年契約で」なんて話が来たんだけれど「とんでもない。よしてください」って言ったの。「そのほうがおカネ的にもいいでしょう?」って先方は言うんだけれど、「2年先(の命)なんて保証できない。持たせようと思うほうが苦しいから勘弁してください」って言ったわ。




●手土産、謝礼は不要


 ところがさ、以前聞いてびっくりした。聖路加(国際病院)の日野原さんは10年先まで計画が入ってるっていうじゃない。いま100歳過ぎていらっしゃるでしょ。あなた、そういう方を取材したほうが絶対いいわよ。私なんかより。


「(取材にくるとき)手土産は絶対に持ってこないで」って言ったけれど、それも毎回必死よ。「くれないで」って。だってお菓子を持ってこられたら、包装紙を開いて、箱を開けて、それをまた畳んで資源ごみに出してって。すごく手間じゃない。私は自分が食べたいケーキがあったら買いに行って、「箱はいりません」ってティッシュに包んで帰るの。映画会社が「ポスター、送ります」なんて言ってくることもあるけど、それも「送らないでください」って。切ってメモ帳にするの大変でしょう。


 あ、それから今回の取材の謝礼もいらないから。こう言っちゃ申し訳ないけれど、大した金額でないでしょう。私は大家の収入があるから。ファクスがもったいないのよ。A4の用紙にたった1行で、余白ばかりの通知が2枚送られてくる。お宅の会社と銀行の2カ所から。「振り込みました」「振り込まれました」って。紙とインクリボンを消耗するじゃない。ときどきファクスを7枚も8枚も送ってくる人もいるけど、「すみません。今度送るときは表紙はいりませんから。A4、1枚にまとめてください」って言うの。インクリボンをむだに使って、取り換えるのは億劫じゃない。


●いつ逝ってもいい準備


 病気をしてから、いつ逝ってもいいように、自分の周りを身軽にしておきたいという思いが強くなったのはあるわね。朝はひとしきり掃除することから始まる。ぐちゃぐちゃしているのを見るのが好きでないの。でも、ものがなければ簡単よ。

 女優だけれど、靴は5足しか持っていない。雨用の長靴と山登り用のスニーカー。それに黒と茶と赤の革靴。化粧品もリップクリームだけ。顔には何もつけない。シャンプーもしないわね。仕事で色々つけられてベタベタになったときは床屋さんに行く。手早いから好きなのね。


 いま着ている上着の背中が縦に切れているのは太っちゃったから。切ったの。端をまつろうと思ったけど、さっき人が来てできなかったのね。服もボロボロになるまで着てお終いにする。


(構成/編集部・石田かおる)


 【後編】へ続く



「死ぬときぐらい好きにさせてよ」という、宝島社の広告コピー。あれは私とは違うの。私はふだんから好き勝手しているから。逆に広告の反響が大きくて、驚いたわ。世の中の人はみなさん、そんなに辛抱して暮らしているのかって。最初、話が来たときは顔の部分だけ合成するのかと思ったら、すごいセットを作るじゃない。本当に水に入ったのよ。宝島社も元気よねぇ。


 死体の役は全然平気。映画「わが母の記」でも棺桶に入ったけれど、ご遺体の鼻にはふつう脱脂綿が入っているじゃない。「だから入れて」って監督に言ったほど。映画「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」もがんと闘病して亡くなるお母さんの役で、私もそのころ既にがんになっていたけれど、役と自分の状況がオーバーラップしようがそれはそれ。別ものなの。


●好きなのはギャラ交渉


 私は(放射線治療で)薬はなにも飲んでいないの。で、よく人に聞かれるのよ。「夜は眠れますか?」って。「はい、よく寝ますよ」。「薬は?」「飲みませんよ」。食べる物も自由。お酒も控えていない。そうすると「じゃあ、あなたは一体なんなんですか?」って言うから「全身がんですよ」って。でもそれは事実なのよ。


 鳥取でホスピスをなさっている徳永進さんと谷川俊太郎さんとで、死をテーマに語る会が少し前にあったの。そこで話した知り合いのエピソードなんだけれど。その家の娘さんは海外生活が長い方なのよね。お父さんがいよいよとなったときに家族みんなで駆けつけた。で、「パパ!」「起きてよ!」ってみんなで必死に願うじゃない。心電図のモニターの波がツーツー、ツーーーって消えそうになると。でもって、そうすると何か聞こえるらしくて、ツーツーってまた波が戻るんですって。「あぁ良かった」ってホッとして。で、またツーーーってなると、「パパー!」「生きてぇ!」ってなる。ところが、「パパー!」って何回も繰り返しているうちに、だんだんみんなくたびれてきちゃったのね。で、何度目かにまたツーーーってなったときに、娘さんが「パパ!生きるのか、死ぬのか。どっちかにして!」って。


※AERA 2017年5月15日号より抜粋